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二の舞咲面(にのまいわらいめん)

ikimen

秋田県指定重要文化財 県内における代表的鎌倉期の作品

okina ouna
二の舞咲面(翁面) 二の舞咲面(嫗面)

 

羽鳥沼の生面

これは、秋田市がまだ久保田といわれでたころの話っこでな。 久保田方面がら、上新城高倉を通って、下新城さ通じる山道はな、草深い山々の峰や沢の間っこぬってるさびしね(さびしい)山道だったども、海辺の道を通るよりは近道だちゅうごどで(ということで)、この道を歩く人が多がったんだど。

ところがな、いつのごろからどなく、高倉の羽鳥沼のあたりに夜な夜な妖怪が現れて、歩く人を苦しめでるって話が、そこらの人がだの間で語られるようになってな、それが旅人の口から口へ伝えられてな、いつのまにか日暮れごろになれば、ぱたっと人っこ通らねぐなってしまったと。

ところでな、この近くの村に、藤原という侍がいだと。武芸に優れて、世の中におっかないものだばないっていわれてる勇敢な豪傑侍なんだと。 羽鳥沼の妖怪のうわさを聞いて、この侍、 「よーし、おれが、そんた(そんな)妖怪どご(を)退治してみせる。」 といきごんで、高倉に乗り込んできたと。 うわさに聞いた豪傑侍どごむかえて、村の人たち、すごくもでなした(もてなした)ど。見るがらにたくましそうで、がじっとした腕を見て、 「この侍だば、きっとうまぐ(よく)退治してくれるべよ。」 「んだども(しかし)、見がげだおし(見かけだおし)がもしれねえよ。」 などと、ひそひそささやぎ合いながら、みんなは、日が暮れるのを待ってだど。 日が西のほうさ傾き始めて、木の枝がな、ざわざわ動き出してきた山道をな、侍はひとりで羽鳥沼さむかったと。

目的の場所さ着いたら、日はとぷっと暮れでな、鼻をつままれでもわがらねような暗闇につづまれでしまったんだと。 「妖怪め、出でみれ。このおれの刀でぶっころしてやるがら・・・・・。」 てな、目を光らせて暗闇の向こうを睨み付けながら、妖怪が現れでくるのを待っていたども、ながなが妖怪は現れてこねがったと。 ところが、真夜中ど思われるころだったがな。はるか向こうの暗闇がな、ぱっと明るくなったど思ったきゃ、その明るさの中さな、きれいに飾った年頃のおなご(女)が浮かび上がって、静かにこっちさ向かってきたんだと。おなごはな、だんだんとおっきぐ(大きく)なって近づいてきたと。して、そのたんびに明るさも広がってきたと。 「妖怪め、やっと出だな。おなごになって騙すったて、騙されねえぞ。」 侍は、刀さかげだ(刀にかけた)手に力を入れて、足を踏ん張って、おなごがそばさくるのを、じっと待っていでな、おなごが大木の前ささしかがるやいなや、さあっと躍り出て、おなごの顔めがけて、ばっさり切りつけたんだと。 「ギャアーーーーーーーーー。」 ひと声、おなごの悲鳴がしたども、あたりはしーんともとの静げさ返って、まだ(また)、暗闇に包まれでしまったので、侍は、ひとまず、みんなのどごさ(ところへ)引き上げてきたど。

次の朝ま早ぐ、侍がゆんべの(昨夜)のどごさ行ってみだら、切られたはずのおなごの姿が見えねえで、点々と血のあとが続いでだので、そのあとを辿ってみだば、龍泉寺というお寺の中さ続いでだど。侍は、さっそぐ和尚さんを起こして、ゆんべのごどしゃべって、血のあとが続いでる本堂のほうさ行ってみるごどにしたんだと。 「そういわれでみればな、なんだか、夜中に本堂のほうで、うんうんうなってるような声が聞こえだような気がするな。」 和尚さんの話こ聞いで、本堂さ行ってみで驚いた。そごにな、このお寺で大切にしていた能面が血だらけになって転がっていたからだ。 「ああー、人がだどご(人々を)なやまし続げでだ妖怪って、この能面だったのが。ほんとに、ほんとに申しわげねごとしてしまった。」 和尚さんは、すっかり驚くどともに、村の人たちさ深くお詫びをしたんだどよ。

その日からな、この山道さ妖怪が出るこどもなくなって、みんなは、まだ昔みたいに安心して旅するごどできるようになって、たいした喜んだそうだ。

それにしても、なんで能面がお寺から抜け出して、人がだどごおびやがしたのだか、それは、とうとう、誰にも分からなかったんだと。 この能面はな、ことあと、生面(いきめん)て呼ばれるようになって、龍泉寺がなくなるまでの長い間、このお寺で大事にされていだども、お寺がなくなって、能代のほうさ移ったとき、生面も一緒に連れていがれだっていう話だよ。

ところがな、この話があってから長い長い年月がたってからのごどだ。 高倉にひとりの巫女さんが住んでいたと。 ある夜、巫女さんが布団さ入ると、 「わしは、昔龍泉寺にいた生面だが、今はとても辛い目にあっている。わたしを探し出して、お前のそばに連れて行っておくれ。わしは、お前のそばにいたいのだ。」 と、ちっちゃえ声でいうのが、どっかから聞こえてくる。その声はな、まるですがるように、毎晩聞けでくるようになったと。 巫女さんは、はじめのうちはな、何か気の迷いに違いないと思っていたども、毎晩毎晩のことで、とうとう我慢できなぐなって、生面を探すことにした。なんもあでがねども、能代行きの汽車さ乗ったと。能代の駅に降りでみたば、どこさ行ってえが分からねがったど。 そしたら、どっからか、 「こっちだ、こっちだ。」 と、自分どこ(を)呼ぶ声が聞こえてきた。巫女さんが声につらえで(つられて)足の向くままに歩いて行ったところは、一軒の家。巫女さんがその家で生面のことを尋ねてみても、家のものだちは、何のことだかさっぱりわがらねして(分からなくて)、ぽかんとしてる。そのとき、物置さ行ってみたら、まぎれもねぐ話に聞いてたあの生面があったんでねが(ではないか)。あんまり不思議で、みんな、びっくりしてしまったど。 生面は、この日から、巫女さんの手さわだって、今もどごがで巫女さんと暮らしているだろうなって、村の人だちが言ってるども、どごさ行ったものだがな。高倉というところはな、石名坂のことでな、龍泉寺のあとだっていわれてる石は、今も残ってるよ。

文・鈴木容子