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失敗とか恥とか 平成25年10月10日

Posted by on 2014年4月4日

毎日毎日お疲れ様です、と私の体に伝えたい。
お陰さま!この言葉が大好きな私。
そろそろクタビレてきました。
なかなか思うように事は運ばず、失敗ばかり。恥をかいてばかり。
自分を責めなくてもよい日など1年にどのくらいあるでしょうか。

もう疲れてきちゃいました。

お寺はとても大切です。
パソコン講師の仕事も大好きです。
家族の支えにもなりたいです。

しかしながら、すべて中途半端にして生きてきてしまっている、最近そんな風に思うのです。
そんな私・・・最近こんな詩を目にしました。

—————————————————————————
ホンダのCM
「負けるもんか」

がんばっていれば、いつか報われる。
持ち続ければ、夢はかなう。
そんなのは幻想だ。

たいてい、努力は報われない。
たいてい、正義は勝てやしない。
たいてい、夢はかなわない。

そんなこと、現実の世の中ではよくあることだ。

けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。
技術開発は失敗が99%。
新しいことをやれば、必ずしくじる。腹が立つ。
だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、何度でもやる。

さぁ、昨日までの自分を超えろ。
昨日までのHondaを超えろ。

負けるもんか。
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今読んでいても涙が出てきてしまいます。

今、頑張っていますか?
努力していますか?

毎日やろう!!と決めたそのことを実行していますか?

世界のホンダを生んだ本田宗一郎。

略歴を見ると、
本田宗一郎、ほんだ・そういちろう。
自動車メーカーホンダの創業者です。高等小学校卒業後、自動車修理工場のアート商会に丁稚奉公として入り、
6年の勤務ののちのれん分けを受け、故郷の浜松で独立しました。
その後、本田技研工業株式会社を設立し二輪車の研究をスタートさせる。ホンダを世界的企業へと育て上げた人物です。

日本屈指の実業家ですね。
いい言葉をたくさん残して下さっています。
私が窮地に立たされた時、何度助けてもらったかわかりません(>_<)

私の好きな言葉に、

・挑戦した後の失敗より、何もしない事を恐れろ。

・悲しみも、喜びも、感動も、落胆も常に素直に味わう事が大事だ。

・人類の歴史の中で本当に強い人間などいない。いるのは弱さに甘んじている人間と、強くなろうと努力している人間だけだ。

・竹にはフシがある。そのフシがあるからこそ、竹は雪にも負けない強さを持つのだ。

もっともっとありますけれどもね。
皆さんならどんな言葉が好きかな~

あとは、私が大好きなエピソードがあって、それを御紹介させて下さい。

ホンダと聞いて何それー初めて聞いたー。という人はきっといませんね。
そのくらい誰もが知っている超有名ブランドです。
車、バイク、小型ジェット機、レース…どれをとっても世界最高峰。
今年一番売れた車はホンダのN-BOXという軽自動車です。中でもオートバイや小型汎用エンジンに関してはシェア世界一であり、世界中のほとんどの地域で販売しています!世界中ですよ!!

そのバイクができた歴史を簡単にお話ししますね。
終戦直後は何も事業をせず、土地や株を売却した資金で合成酒を作ったり製塩機を作って海水から塩を作って米と交換したりして「遊んで」いたといいます。
しかしこの時期に、苦労して買い出しをしていた妻の自転車に「エンジンをつけたら買い出しが楽になる」と思いつき、オートバイ研究が始まったのだそうです!!
思い付きがそこなんですよ!!奥様ってすごいですよね。世界のホンダを生んだのが一つの思いやりからだったなんて、鳥肌か経つほどに美しいと思いませんか。

学歴学歴、良い大学へ!良い就職を!!
もうこの時代は飽きるぐらい聞いていますね。

この、本田宗一郎氏は最終学歴、高等小学校です。現在の中学校くらいですか?その後すぐ就職をしています。
会社を創業し軌道に乗せるまでにどれほどの苦労があったか。

または軌道に乗った後も世界のホンダと呼ばれるまでにするにいかほどの血を流したか。

ちっぽけな私では知る由もありません。

ただ私は唯一実感して分かったことがあります。

私は何度失敗しても、何度恥をかいても、そこで挫けない!!負けるもんか!と這い上がることをするということです。
大いに泣き、目を逸らしてしまいたくなるであろう程、落ち込みます。
それでも、また立ち上がって挑戦します!し続けます!

走ることに疲れてくたびれて、ふと立ち止まったときに気付きました。

私って、ちょっとやそっとでは諦めない!ということに。
それはきっと、今になってようやく悲しみを悲しみのままに苦しみを苦しみのままに受け入れることができるようになったからだと思うのです。
今にしてやっと悲しみや苦しみの理由を誰かのせいや社会の在り方、または世の中の仕組みのせいにせず、しっかりと自分の内に受け入れることができるようになったから、自分を省みることができるのだと思うのです。
反省とか自責の念というヤツですね。

30歳を過ぎてからでは遅いかもしれませんね。でも、できるようになったのです。
たくさんの尊い言葉や詩に励まされ、できるようになったのです!!

そして、ふと思いました。
今までは言葉や意味を暗記するだけでしっかりと心に受け止めていなかったお釈迦様の教えがあります。というより体で得ることがでずにいた教えです。
それが今ふと体にじわっと教えが溶け込んだような感覚にあります。

自燈明・法燈明(じどうみょう・ほうとうみょう)
という教えです。

【自己を拠りどころとし、法を拠りどころとせよ】

これは、お釈迦様が入滅される前に弟子に示された最後の教えです。
仏陀の死が間近であったときに、師が亡くなったら、何に頼ればよいのか、と嘆く弟子のアーナンダに対して、
仏陀が仏弟子に諭した最後の説教と言われています。

・自燈明・・・自己を拠りどころとする
燈明はロウソクを言いますね。自分の中に燈した火、炎を拠り所とする。
つまりは、これまで正しく教えを実践し、修行してきた自分を信じ、この人生を自分自身で歩んで行きなさいということです。

・法燈明・・・法を拠りどころとする
仏教の教えを頼りに生きましょうね、ということです。

拠り所を教えてくれているのです。
皆さんにとって拠り所となる教えはありますか?少欲知足、十善戒、または無財の七施・・・
その教えが火となり、道に明かりを燈すのです。
ただ、「燈そう!!」「拠り所を見つけよう!!」とする自分の心がな幾ら素晴らしい道を煌々と照らす良い教えがあってもそれは残念ながら無意味なものになりますね。

自燈明が法燈明よりまえに来るのは「自ら」の意志がなければ、信じる心がなければ燈すことができないためなのです!

「自ら」です。
もし一歩踏み出せずにいる方が子の法話を読んだら、まず湯殿山龍泉寺に来て下さい。まず、祥泉に会ってみてください。

自燈明を燈すお手伝いをします。
私って役に立ちますよ!!

合掌

― 漢字の語源 ―

愛から心を引いて出来た字が、受。
受に心を入れると、愛。

心を受け入れるということ、それが愛なんですね。

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