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お婆ちゃん、死んじゃった 平成25年7月 23日

Posted by on 2014年4月4日

この話は私、祥泉自身のことです。
皆さんの貴重な時間を奪ってしまい、非常に申し訳ありませんので、ここは暇な時に読んでください(*^_^*)

平成25年2月、寒い寒い冬に私の祖母が他界しました。
余りの悲しさに、毎日生きることが苦しくて苦しくてどうしたらよいか分かりませんでした。
写経の皆さんにお話ししただけのものですが、ぜひもう一度聞きたいというお声があり、また私自身も少しでも共感して頂ける方があるかと思い、載せることに致しました。

わたしとお婆ちゃんのお話です。

「おばあちゃん、ただいま!」小学校の私はそろばん教室に行く前、おばあちゃんの大きなまんまるおにぎりを食べることが習慣でした。
「まんつ食べれ~まんつ食べれ~」
小さくて背中をまるっとして歩く優しいお婆ちゃんは、わたしが「おいしいおいしい」っておにぎりを食べるのをとっても満足そうに見ていました。

あるとき、お母さんが帰りませんでした。
何日も何日も帰りませんでした。

今思うと父母間での何かが原因だったのでしょうが、幼い私にはよく分からず、とにかくお母さんを待ちました。

外がよく見える大きな窓を空けて、足を出してぶらぶらしながら、
遠くを見ては、
お母さんが歩いて来ないかな~、
もっと遠くを見ては、
お母さんの車がこっちのほうに走ってこないかな~、
一生懸命探しました。

「おかあさ~ん」

学校から帰ると毎日窓の外に足を出してぶらぶらしながらお母さんの姿をそこに探しました。

「おかあさ~ん、おかぁさ~ん」

お母さんはなかなか姿を見せてくれません。

きっと、後ろを向いて5秒たって窓の外を見たらお母さん立ってるかも!

何度も試したけれど、立っていません。

きっといつも私が悪い子だから帰ってこないんだな。
いっぱい泣いたらお母さん帰ってくるかな。

何度も試したけれど、帰って来ません。

お婆ちゃんは、ただただ私のそばにいてくれて、

「大丈夫だが?大丈夫だが?」
心配をしてくれていました。

たくさん泣いた日は決まって、
「ライスカレーでぎだよ~~」
子供の私へ気遣って、慣れないカレーなんかを作ってくれたのでしょうね。
それなのに私は、
「お婆ちゃんのカレーやだ~!!甘いんだもん(>_<)」
なんて言っては困らせていました。

お婆ちゃん、ごめんなさい。

お母さんの代わりに名札を付けてくれたとき、
「お婆ちゃんの付け方変だよ!やだ~!!」

本当にお母さんの付けた名札とお婆ちゃんの付けた名札と位置が違うように見えたのです。

寂しさをお婆ちゃんに八つ当たりしていたのですね。

お婆ちゃん、ごめんなさい。

お婆ちゃんはそんな私へ怒ることは決してしませんでした。
いつも優しく温かく、支えてくれました。

お母さんはしばらく経つと戻ってきました。
しかしそれからもいざこざが絶えず、たった少しのことなのに揉めてばかりいました。
お皿がフリスビーみたいに飛んでたこともあります。

あるとき、私はお母さんに怒られました。
体の弱いお婆ちゃんは、その時体調不良で休んでいました。

父母の喧嘩の延長線上にいた私は、あまりの理不尽に激怒し外に飛び出しました。
と言っても本当に家出などはできず、その辺の公園でこんちけていました。
※こんちける・・・いじける

お父さんやお母さんに怒られてこんちけるとお婆ちゃんはいつも迎えに来てくれて、

「まんつ食べれ~、まんつ食べれ~」

と言って、大きいまんまるおにぎりを握ってくれていました。

なのに、その日はお婆ちゃんが公園に迎えに来てくれません。
お婆ちゃんは心臓の調子が悪くて休んでいたのです。
そのことを、しばらくしてから思い出しました。

意地を張って公園にいるから戻るに戻れません。

お婆ちゃんの迎えがないと素直に家に入れません。

どおしよ、どおしよ、さびーよー(寒いよ)

落ち葉が風に舞っています。
秋も深くなってそろそろ雪がちらつき始める頃です。

怒って飛び出した私は薄着のまま公園のブランコで意地張ってこんちけているのです。
途方に暮れました。

そしたら、遠くから小さい声で、

「まんつ帰るど~まんつ帰るど~」

と聞こえます。
お婆ちゃんは具合が悪くて歩けないはずなのに、お婆ちゃんの声が遠くから小さく聞こえるのです。

どうしたものかと声のあたりに行くと、頭とかオデコに葉っぱを付けて、大きな木に寄りかかっています。

「お婆ちゃん、どうしたの?」
と、私が聞くと、

「大丈夫だが?大丈夫だが?」

お婆ちゃんが私に何度も何度も大丈夫かと聞きます。
でも、それは私のセリフです。

お婆ちゃんは孫のその悲しい姿が病床で見えたのでしょうね。
歩けないから、歩くとふらふらして倒れるから、這ってきたのです。

そして、心臓が悪いのにここまで這ってきたお婆ちゃんが私に大丈夫か?大丈夫か?と何度も何度も聞くのです。

頭とかオデコに葉っぱを付けて。

どう見たってお婆ちゃんのほうが大丈夫ではないです!

そうやっていつもいつも私を救ってくれていました。
いつもいつも私を支えてくれていました。

大きな大きな深い優しさでお婆ちゃんかが包んでくれていました。

お婆ちゃん、ありがとう。

それから何年か経ち、私の成長を誰よりも誰よりもお婆ちゃんは喜んでくれました。

手をつないでスーパーに行くのがお婆ちゃんの楽しみ。
演歌を聞くことがお婆ちゃんの趣味。

そして家族の支えになり、皆を幸せにするのがお婆ちゃんという人。

偉大な偉大な人間です。
こんなに人に尽くすことにできる人間を他に見たことがありません。

お婆ちゃんは入院し、亡くなる直前まで周りを気遣ってくれていました。

入院する前の
「行ってくるよ~」

と言った無理につくったお婆ちゃんの笑顔が忘れられません。

今もお婆ちゃんのことが目に浮かびます。
お婆ちゃんが亡くなったことをしっかりと受け入れられずにおります。

どうしたらこの悲しみを乗り越えられるのかな~?

そんな風に暮らしていた私を救って下さった言葉がありました。
何となく生きていると通り過ぎてしまうような言葉ですが、私の心には大きく大きく響きました。

これは、「遍照発揮性霊集巻第八」にある、
弟子であり甥である智泉が亡くなったときにお大師様が捧げた願文です。

「哀しいかな 哀しいかな 復哀しいかな
悲しいかな 悲しいかな 重ねて悲しいかな」

悲しみに悲しみを重ねても尚まだ悲しいということを伝えています。
仏教では、この世の悲しみ驚きすべて迷いの生み出す幻に過ぎないことと教えます。
分かっていても、それでも尚、拭いきれない涙にくれる日もあるものですね。

桜の花は、冬が厳しければ厳しいほどに、春に美しく咲くことができるのだそうです。
そして人は、悲しみが深ければ深いほどに、心に大きな慈しみを持つことができるのです。

今、悲しくて悲しくて苦しいこの時。

今は悲しみという冬をそのままにじっと耐えなければならない時なのですね。
次に来る春に花を咲かせる日が来るのを待っている時なのですね。

そんな時は悲しみを乗り越えようと無理に頑張ったり、意地を張ってかっこよく見せなくてもいいのですね。

じっと悲しみを味わう、そんなところかな。

そして、この悲しみを受け入れ、再び咲かせた大きな慈しみの花はこれまでに見たことのないほど美しいものでしょう。
それこそが人を救う花なのでしょう。

私という花が咲くときなのでしょう。

大きな悲しみの分だけ、同じ大きさ分慈しみの心を持つことができるのなら、私はその花を咲かせたい。
そしてその花に触れた方の、支えになりちょっとでも幸せになってもらいたいと願います。
お婆ちゃんが今までそうしてきたように。

私もお婆ちゃんみたいなきれいな大きな大きな深い優しさで花を咲かせたいな。
これからも修行を頑張ります。
供養に励みます。

いぃところにいってね。

合掌

― お婆ちゃんより ―

泣ぐな~、泣ぐな~、
いずがかならんずいいどき、くるがらな~。

(泣かないで、泣かないで、
いつか必ずいいときがやってくるからね。)

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