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この身を捧げるもの 平成23年2月20日

Posted by on 2014年4月4日

「不惜身命」とはよく言ったものです。
この言葉を耳にするときゅっと身が引き締まる、そんな気が致します。

意味は
仏の教えを修めるためには自分の身も命もささげて惜しまないこと。
転じて、国や主君などのために、体や命を惜しまないで尽くすこと。

まさにその通り!!
この熟語は、貴乃花が横綱推挙伝達式での口上で
「横綱の名を汚さぬよう、不撓不屈の精神で相撲道に不惜身命を貫きます」
と言ったことでも有名ですね。

相撲は大好きです(*^_^*)

この言葉に接すると、京都での1年間の修行を思い出します。

訳も分からず仏道に入り、お経や正座など今まで全く御縁の無かったものの中での生活は、辛いというより驚くことの連発でした。

修行僧は掃除をたくさんしますので、足袋は真っ黒になり、すぐに穴があきます。
足袋だけでなく下駄まで穴があくのですよ(^^)今度お見せしたいですね。

初めの頃私は穴のあいた下駄や足袋を見る度に
「今こんなに頑張っても家のお寺に帰ったら檀家さんもほとんどなくて、 収入もないんだよな・・・。住む部屋だってないし・・・。 
何を支えに頑張ればいいんだろう・・・。」
と、しょぼしょぼしていたものでした。

いきなりの先代の他界は、心の準備をする暇など与えてくれはしませんでしたので、
長い髪を落とし、頭を初めて剃ったときには涙も出ませんでした。
ただただ知らない世界への不安あるのみだったのです。
そして婚約を破棄した後悔や悲しみが私を苦しめていました。

しかし、時を経る度に、そして仏教を知る度に、随分と考え方が変わってきたのです。
「家のお寺はお金はないけれど素晴らしい仏様たちがいらっしゃる。
私は守って貰っていたのだな。これからは私が大きく大きく成長して仏様をお守りし、恩返しさせて頂こう!」
と思うようになりました。そして、
「この素晴らしい仏教の教えを少しでも多くの人に、そして辛い思いをしている人に伝えることが
できたらなぁ」
という考えを持つようになりました。

そのためにはまず自分で体感し、深く深く理解しなければならない!!と、あるときから修行に対して
必死に取り組むようになりました。
ただ、頑張っても頑張っても勝てない相手がいるのです。

それが、
「もうここまででいんじゃない?」という
ずるい自分です。

固く決意し挑んでも、すぐにずるい自分がむくむくと出てきてくれます・・・。
この相手になかなか勝てないのです。

これは今でもそうです。
私は平日はパソコン教室の講師をしているので、朝のお勤めをしてからの出社になります。
特に節分会の前は近所の家内安全を祈願し練り歩きますので2時に起きてお勤めをしてから出社する日々です。
そして夜の講習があると家に着くのが22時を回ることもあります
そんな時は、日々「ずるい自分」との戦いになります。

もう少し寝たいよ~
もうちょっと座っていたいよ~

そんなずるい自分になかなか勝てなくてとても悔しい思いをしながら暮らします。

そして遅く帰ってきても朝が早くてもここ湯殿山龍泉寺のお札は紙札も木札も全て私の手書きですので、
時間を作ってお札に筆を入れます。

今年はもう若くないせいか、体調を崩してしまい、点滴しながらの節分会準備でした(T_T)
元気だけが取り柄なのにちょっと残念です。

でもでもでもでも!
今年の節分会は素晴らしかった!!
お参りいただいた方での読経の声に涙しそうになりました!
たくさんの子供たちの笑顔に最高の幸せを感じました!!

仏縁の元、本当に素晴らしい出会いを頂きました。
たくさんの子供たち、一生懸命な読経、素晴らしい日、それらすべてが仏道の教えであると気づかされました。

夜中、家内安全を祈り練り歩いているとき、寒い寒い外気で耳はかじかんで、とっても痛くなります。
38度の熱が体から体力を奪い、雪の積もった足元はふらふらです。

そんな中、
今年は娘さんの病気が治りますように!!
今年こそ腫れている左腕が治りますように!!
お孫さんの就職が決まりますように!!

と一軒一軒お祈りします。

ふらふらでイタイタで、意識も朦朧としてきたときに私の後ろにとっても温かい大きなぬくもりを感じました。

「あぁ、お大師様、ありがとう。
支えてくれて、本当にありがとうございます。
お大師様がいてくれて本当に良かった。
あぁ、これが同行二人なのだなぁ、ありがたいなぁ。」

そんな風に思いました。

「同行二人(どうぎょうににん)」とはいつでも空海(弘法大師)がついて一緒に歩いてくれている。
目に見えなくてもそう思う人のそばに必ずいてくれている‥そういう意味です。
四国のお遍路さんの背中によく書かれていますね。
私はこのときに本当に深く同行二人を感じました。
必ず支えてくれていますよ。

たくさんの出会い、たくさんの感動、そして深い祈りの温かさ、
本当に素晴らしい節分会でした。

そして次の日、節分会で上がった御祈祷料の半分以上が盗まれていることに気が付きました。
お金が盗まれてしまったのです。
盗んだその人が誰であったとしても、私はたくさんの祈る気持ちを裏切ってしまったと、本当に申し訳なかったです。

そして私はそれを知り、急に胃が苦しくなり、戻してしまいました。
トイレにうずくまり
「私は一体何のために頑張っているのかな?」
と思わずにはいられませんでした。

それから私の体はあまり良くなく体温38度代から下がってくれませんでした。
朝のお勤めをし、それでも授業をし、私なりに精一杯頑張りました。

病院の検査では特に悪いところもなく「過労かな?」との診断を受けました。

この瞬間、「ずるい自分に勝ったぞ!!」と思ってしまいました。

そして、収入はない、パソコン教室でせっせと稼いだお金はお寺に使わなければならない、身を削ってお寺に捧げなければならない、
そんな環境に有り難いと思うようになりました。
そんな環境だから知り得た大切なことがたくさんあるのです。

きっと金ぴかのお寺に修行から帰ってからすぐ入ったら、私なんかは勘違いして自分が偉い人間だと思ってしまいそうです(+_+)
お金があったら間違ったことに使ってしまいそうです・・・。

山奥や滝などの霊験あらたかな場所で修行を積んで立派なお坊さんになりたい、そう願うけれどもきっと私はそのタイプじゃないんだと思います。
私はいつも身近な出来事で、ちょっとしたことに豊かさを見出していきたいのだと思う。
そう、私が選んだのは社会という名の修行道場なのですから!!

少し休んだら熱が下がりました。
そしてふと

不惜身命

の言葉を思い出したのです。

あぁ、私に捧げる命があって良かった、削れる身があって良かった・・・。

そんな風に思いました。

― 老子 ―
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)

意味
天(神、自然の理法、摂理)の網は抜け穴だらけすきだらけのように見えるが、自分の行ったことには、
良くも悪くも必ずその報いを受けるのである。努力すればした分だけ自分に返ってくる、必ず天は見ているのである。

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